北川雄史 社会福祉法人いぶき福祉会専務理事
「みんなの願い」のために突き進む
「いつになったら実現するんだ?本当にやる気があるのか?」
怒りすらこめられた声があがった。法人の方針を決める会議の場でのことだ。発言者はいぶき福祉会(以下いぶき)を利用する方の中でも知的障害の重い女性の父親であり、設立からひときわ熱心に支えてくれた方でもあった。
2011年に障害の重い人でも暮らせるホーム「パストラルいぶき」が開設した。だが、そこに入居できるのは18人。希望する人をすべて受けられるわけではなかった。それから7年がたとうとしていた。できることなら次のホームもつくりたい。だが、当時は極度の求人難。運営できる人手の見込みが全くない中で、簡単に新設に着手するわけにはいかなかった。
それでも、「みんなの願い」のためだけに進んできた法人が、「できないものはできない」と言い切ることはできなかった。「情」が「経営」を上回り、2つめのグループホームであるパストラル第2期の整備が決定した。
「目標もノルマも設けない」「できる人ができることを持ちよってやりきる」
準備を進める中で最大の課題が自己資金集めだった。いぶきは施設を作るたびに大規模な募金活動を展開してきた。施設整備には2つの意味がある。ひとつは「場づくり」。もうひとつは「つながりづくり」だ。
ただ、懸念がひとつあった。それは募金活動への要望だ。募金は新しい施設建設はそれを叶えるには絶好の手段であり、「パストラルいぶき第2期でも募金活動を!」となるのは必然だった。まして、その方針を決める役員たちは、過去4回で1億8千万円におよぶ募金活動の成功体験しかもっていない。苦しさ熱さはとうに喉元をすぎさっている。そして予想通りに、「次は、若い世代に頑張らせよう」と言い出した。
しかし、時代はとうに変わっていた。募金をめぐる情勢も、若い保護者や職員の気質もかつてとは違う。ただでさえ、「情」で進めることへためらいがあるなか、10年以上も前の話を持ち出してそんなことをおしつけてしまうと、法人内は崩壊してしまう。
苦渋の決断をする。出した方針は、「一切の目標もノルマも設けない。できる人ができることを持ち寄ってやりきる」というもの。しかし、これに対し、「そんなぬるい方法で集まるのか?まあ、お手並み拝見だな」。こんなことをつぶやく役員もいた。ただ不思議なことに、確信だけはあった。
みんなで2500万円を集めて「パストラルいぶき第2期」をつくろう。そんな説明に、昔からいるスタッフは「またあんなに大変なことをやらせるのか」とつぶやいた。それをきいた新しいスタッフは「そんなことをどうしてやらなければいけないのか」と目を伏せた。やり方を一新するととなえても、誰もがいぶかり、不安や不満な表情をうかべた。職員の間だけではなく、保護者会でもまったく同じ反応だった。
「募金」ではなく「寄付」〜つながりを目標にする〜
ひとつ前の募金活動との決定的な違いは、法人の規模だった。180人の職員、150人の保護者がいては、もうなかなか一堂に会することもできない。できることはたったひとつ。信じてもらえなくても、話すこと。小さな集団で、耳を傾けながら話すことだけだった。
話す中身は、募金のことではない。次の世代を支えてくれる「人のつながり」をつくろう、ということだった。
法人設立から25年。考えてみれば、これまでのいぶきを支えてくれた人たちが一斉に第一線を退く世代になっていた。
これからの自分たちとともに活動していく次の世代の人たちとつながるために、自分たちの言葉で、対話していく場をつくらないか。パストラルいぶき第2期の活動を、そのきっかけにしていこう。だからお願いしてお金をもらうのではなくて、一緒に参加してもらおう。「募金」じゃなくて「寄付」といおう。金額ではなく、たくさんの人とつながること、これを目標にしていこう。
少しずつ、保護者たちの警戒の目が緩んでいった。「本当に、無理をしなくて大丈夫なんだ」。「できることをやればいいんだ」と思えるようになるにつれ、あんなことをしてみようと思うんだけどと提案してくれる人や、見えないところで頑張る人が増えてきた。クラウド・ファンディングのアイデアもそこから生まれた。年配の保護者の間で、スマホの使い方を学びあう輪が生まれ、毎日達成率が気になってと笑う姿も見かけるようになった。
目標達成の鍵は「みんなでやれている」という実感
寄付集めが始まって半年がたとうとする11月末。パストラルいぶき第2期の寄付活動は1924人の支援で2472万円が集まる結果となった。達成した日の夜に届いた保護者からの感謝のメールは、購入してまもないスマートフォンからのものだった。
もちろん、それだけの金額が自然に集まったわけではない。表にはでないけれども、必死で走り回って支援をよびかけ続けた人たちがいる。それがなければ、おそらく集まらなかったことだろうとは思う。ただ、その走り回ったエネルギーは、役割は多様だけれど、「みんなでやれている」という実感であり、その営みを笑顔で終わらせたいという思いであったことはいうまでもない。
「不安だらけだったけれど、私にとっては本当に楽しい寄付集めの活動でした」。これは、寄付額の報告をうけて開いた報告会「この4ヶ月の対話をいぶきの未来につなげる会」で入職まもない職員が話した言葉だ。ここでできた結び目がもっと豊かにひろがることを確信している。
活動分野: 新しい社会の価値創造における福祉の果たせる役割
発揮したインターミディエイターのマインドセット:
□3分法思考/多元的思考
□エンパシー能力
☑多様性・複雑性の許容
☑エンパワリング能力
☑対話能力
☑物語り能力
□エンゲイジメント能力
Certified Intermediator
北川雄史
社会福祉法人いぶき福祉会
専務理事
1969年京都市生まれ、神戸育ち。筑波大学第二学群人間学類卒。大日本印刷株式会社に3年間在籍。社会福祉士取得後、1997年に社会福祉法人いぶき福祉会に入職。障害福祉に携わるようになる。従来の福祉の枠にとどまらず、福祉のつよみをいかした商品開発や、地域のモノづくりのネットワーク活動などにも積極的に取り組む一方、最重度の障害のある人の社会参加、いのちの問題などを医療・教育と連携しながら向き合いつづけている。共同著書に「ねことmaruとコトコト~障害のある人の「働く」をつくる」きょうされんKSブックレット。
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