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NARRATIVES
BY INTERMEDIATORS

執筆者の写真インターミディエイター事務局

招き猫マドレーヌが結んだFC岐阜との絆

更新日:2023年1月4日

北川雄史 社会福祉法人いぶき福祉会専務理事


FC岐阜との出会い


 2007年から障害者福祉の制度がかわった。これまでかかることがなかった福祉サービスにお金がかかるようになった。「知的障害の重い人」にとってその金額は決して小さくない。彼らの「給料」を増やしたい。私たち施設職員は敏感に反応し、自前のチラシを手に、とある会社のベルをおした。そこの社長との話はつきないが、最大のプレゼントは当時Jリーグ(J2)に昇格したばかりのFC岐阜とのつながりだった。


 地域の文化をつくろうとするJリーグの理念。障害のある人も安心して豊かに暮らせる地域づくりをめざす私たちいぶき福祉会とつながることがたくさんあると、すぐに直感した。理解を示してくれたのは当時クラブ広報担当だった林氏である。



「何か一緒にできれば…」。だがクラブの周りはスポンサーの話ばかり。私たちにはそこに提供できるお金はない。あるのはなんだろう? そう考えて思いついたのは、チームカラーの緑色をした抹茶味の招き猫マドレーヌだ。福と勝利と客とJ1昇格を招く魔法のお菓子だった。


 施設で作った招き猫マドレーヌを、ホームゲームの度にプレゼントすることが始まった。プロサッカー選手が試合の前に自分たちのお菓子を食べてくれている。それだけでみんなの表情は明るくなっていた。僕らの夢は、クラブから選出された日本代表選手に託し、招き猫マドレーヌをW杯に連れて行ってもらうことだった。内情はその材料費だけでも厳しかった。でもそれは言わないことにした。



Jリーグのスポンサーになった障害者施設


 2ヶ月ほどたったころ、クラブからサプライヤ―契約の申し出があった。いただいているお菓子の価値や取り組みを換算すればできるから是非と。おそらく日本で初めてJリーグのスポンサーになった障害者施設だろう。それから毎試合チケットがいただけるようになった。利用者や職員がスタジアムに足を運び、「おらが街のクラブチーム」に一喜一憂するようになった。


 そんな風景を見ながら気づいたことがある。チームを応援するのに、障害者や福祉施設なんて関係ない。僕たちにも、この街にできることがある。クラブチームがあることで街が元気になるように、いぶきがあることで、この街が心豊かな街になったといってもらえるようになろう。


 私たちの中でベクトルが反転した。「この街でかけがえのない存在になること」というキャッチフレーズがうまれた。


 FC岐阜は決して強いチームではなかったけれども、私たちにとっては元気の素だった。しかし、ある時クラブのフロントに大幅なテコ入れが入った。同時に経営方針が転換した。数字に厳しくなり、いぶき福祉会はサプライヤー契約の基準を満たさないことになった。クラブの林氏は、苦しそうに僕らにそれを伝えた。でも、僕らはもともとサプライヤーになることが目的だったわけではない。これまでどおりマドレーヌのプレゼントを続けると答えると、チケットはこれまでどおりくださることになった。そして、岐阜駅内にあるいぶきのアンテナショップでチケットの取扱いを始めることを発案した。クラブにとっても念願の駅内での販売拠点となった。サプライヤー契約はなくなった。でもそれ以上につながりは深まった。契約がなくなったことを利用者たちに伝えることはしなかった。



夢が半分かなう


 2018年夏。いぶきではロシアへの荷造りがあわただしかった。岐阜から渡ったW杯のオフィシャル・カメラマンに、応援のマドレーヌを託した。ロシアからメールが届いたのは、日本代表チームが敗退したその翌日のことだった。熱戦のスタジアム外観を背にしたマドレーヌの写真が添付されていた。


 FC岐阜にマドレーヌをプレゼントし始めた頃からの僕らの夢、クラブから選出された日本代表選手にマドレーヌをW杯に連れて行ってもらうという11年ごしの夢は、半分ぐらいかなったようだ。


「ねこちゃん、外国に無事ついたの?」

招き猫マドレーヌを作りながらそうたずねる仲間たちに、僕はうれしさいっぱいで報告した。




この街の風景に


 今季もFC岐阜は下位で苦しい戦いを続けている。ぼくたちは、これまでどおりに、招き猫マドレーヌを届け続けている。スタジアムでは、すっかり常連になった利用者さんに周りのサポーターが「よっ」と手を挙げてほほえんでいる。彼の耳がきこえないことを知る人は少ない。


 かのカメラマンは、ロシアで撮った写真を使ったトークショーで忙しい。日本中の行く先々のスポーツバーで招き猫マドレーヌを配っているから、彼がどれだけすごい人かを僕らはよく知っている。


 またひとり、またひとり。そのつながり方は多様で無限だ。猫のマドレーヌは、僕らいぶきメンバーの気持ちをのせて、さまざまな場所へと出かけていく。"猫" が僕らの想いを届ける「インターミディエイター」になっているのだ。私たちは、障害者と健常者という単純な2分法を超えて、新しい風景をつくろうとしている。この街の当たり前の風景になりたい。かけがえのない存在になりたい。してもらうことよりも、この街に何ができるかを考える楽しみを教えてくれてありがとう。僕らはこれからもすてきな仲間を増やしていく。


 

活動分野: 新しい社会の価値創造における福祉の果たせる役割

発揮したインターミディエイターのマインドセット:

 □3分法思考/多元的思考

 □エンパシー能力

 ☑多様性・複雑性の許容

 □エンパワリング能力

 □対話能力

 ☑物語り能力

 ☑エンゲイジメント能力



 

Certified Intermediator


北川雄史

社会福祉法人いぶき福祉会

専務理事

1969年京都市生まれ、神戸育ち。筑波大学第二学群人間学類卒。大日本印刷株式会社に3年間在籍。社会福祉士取得後、1997年に社会福祉法人いぶき福祉会に入職。障害福祉に携わるようになる。従来の福祉の枠にとどまらず、福祉のつよみをいかした商品開発や、地域のモノづくりのネットワーク活動などにも積極的に取り組む一方、最重度の障害のある人の社会参加、いのちの問題などを医療・教育と連携しながら向き合いつづけている。共同著書に「ねことmaruとコトコト~障害のある人の「働く」をつくる」きょうされんKSブックレット。

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