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NARRATIVES
BY INTERMEDIATORS

執筆者の写真インターミディエイター事務局

人・もの・自然がつくり合う「生きたビジネス」に向かって - Polyphony #8 イベント・レポート

更新日:2023年7月12日


2022年11月29日に、インターミディエイター3人によるダイアログ・イベントを開催。鈴木悠平、星野晃一郎、峯岸由美子

 今日、あなたは何を食べましたか。そのとき、どんな器を使いましたか。私たちは知っています。ひとつのミカン、ひとつのお茶碗のむこうには、たくさんの作り手がいて、その人たちが暮らす地域があり、そこには生命が生まれ育つ自然環境があることを、頭では理解しています。しかし、あまりにも多くのものが流通する巨大な市場のなかでは、手に取った一つひとつのものの背景が見えにくくなっています。大量生産・大量消費に違和感をおぼえながらも、その構造の大きさゆえに、どうしたら良いかわからないでいる人も少なくないのではないでしょうか。

 「人・もの・自然」という私たちの暮らしをかたちづくるさまざまなアクターがどれも抑圧されることなく、豊かな関係を結びながら未来へと続いていく「生きたビジネス」は、どのようにつくっていくことができるのか。そんな問いと共にはじまったダイアログの様子をお届けします。


※本オンライン・イベントは、前回までのシリーズ名“Dialogue with Intermediators”を引き継ぎながらリニューアルいたしました。新しいタイトルは、“Polyphony(ポリフォニー)”。スピーカー3名の声に、Zoomにお越しくださるみなさんのお声も重ねて、「多声的」な対話の場を開いていきたいという願いが込められています。


table of contents




「生きたビジネス」は、どのようにつくられるか


鈴木悠平さん:

このダイアログは、「あいだ」の知の担い手として、さまざまな領域で実践を続ける「インターミディエイター」のみなさんに集まっていただいています。「インターミディエイター」とは、人やもの、地域や組織…異なる世界の「あいだ」に立って、関係の網の目の中で対話と協働を促進し、価値を創り出す存在です。

今日、みなさんと一緒に考えていきたいのは、「生きたビジネス」ってなんだろうということです。いまお店に行ってお金を出せば、いろいろな商品が買えます。便利ないっぽうで、誰がどこで作っているのかという背景が見えにくかったり、せっかくつくったものが届かなかったりするという状況もうまれています。誰かがすり減ることなく、みんなで無理なく続けていけるビジネスはどういうものなのか。沖縄の地域活性化に取り組む平田さんと、福島の会津で漆器をとりまく持続可能な事業をつくろうとしている貝沼さんとともに考えていきたいと思います。



地域の「自律」の伴走者であるために


平田直大さん:

僕は、沖縄県で活動しています。2017年に立ち上げた「一般社団法人しまのわ」の代表をしております。もともとは神奈川県横浜市の出身ですが、2014年に沖縄に移住しました。

島に惹かれた最初のきっかけは、高校生のときに池澤夏樹の小説『南の島のティオ』『マシアス・ギリの失脚』などを読んだことでした。


池澤夏樹の沖縄関連小説3冊

その興味が高まって、大学では海洋調査探検部という部活に入り、長期休みになると2、3週間ほど島に滞在して、キャンプをしながら素潜りをするような生活をしたこともあります。

海洋調査探検部たち(沖縄の砂浜にて)

そうしていると、次第に観光として楽しみにいくだけではなくて、島の営みの実情を知りたくなってきたんですね。そこで大学3年生のときに、人の営みを調査する学問である「人文地理学」を専攻に選び、離島の地理を調べていました。

卒業後はいったん都内の企業に就職しますが、「自分がほんとうにやりたかったのはこれだっけ?」とモヤモヤしたときに、久高島での求人を発見。そのときに、島と都市をつなぐ仕事があることを知り、沖縄へ移住することになります。いままで、沖縄の移住促進ツアーや、保育士移住体験ツアー、観光コーディネーターの育成、村民会議の企画運営などに携わってきました。

僕は、地域のみなさんの「こうありたい」という思いを汲みながら、関わってくださるみなさんをエンパワリングしていくことで、地域の「自律」の伴走者でありたいと思って活動しています。



伝統工芸における「適量・適速生産」を目指して


貝沼航さん:


会津若松で「漆とロック」という会社の代表を務めています。漆器を「伝える・創る・繋ぐ・届ける」ということが仕事です。

私が会津漆器の世界に飛び込んだのは、27歳のとき。大学卒業後の就職を機に会津に来て、会津漆器の職人さんたちの工房を訪れることがありました。そのときの職人さんの姿がとてもかっこよくて、縁もゆかりもない伝統工芸の世界に飛び込むことにした。

でもいざ伝統工芸の世界に入ってみると、「あれ?」と違和感をおぼえることが多くありました。たとえば、漆が一滴も使われていないウレタン塗装の器が「漆器」としてお土産物屋さんに並んでいること。たとえば百貨店で売られているような定価1万円の器でも、木材を器の形にする木地師さんや、そこに漆を塗る塗師さん、装飾を施す蒔絵師さんという3工程を担う職人さんには、それぞれおよそ500円ずつしか支払われないことなどです。会津漆器全体の生産額も、最盛期から比べると7分の1にまで落ち込んでいます。

貝沼航

なんとか課題を解決したくて、20代のころは「若い感性を生かしてオシャレな現代風の新商品を開発しよう」なんて、おもいつくままに企画をしていました。でも、そのころの活動は、すこし成果は出たものの、結局どれも空中分解してしまいました。小手先の商品開発で短期的に話題づくりができても、僕としては何か違うなという違和感が残ったんです。

そこで、いったんゼロから「自分は漆を通じて、何をしたいのか」を考えなおすことにしました。当時は商品を販売する資本がなかったので、まずは、自分がとても感動した漆器づくりの現場にお客さんをお連れすることにしたんです。それが「テマヒマうつわ旅」というプロジェクトでした(現在は事業終了)。ここで「対話」をキーワードにツアーを企画・運営することで、自分のなかかで「漆器とは何か」が明らかになってきました。


漆器は、自分たちが木に生かされてきたことを思い出させてくれますし、自然や生命への畏敬の念を呼び起こすものなんですよね。それを使うことで、五感を使って丁寧に生きていくことができます。いまは「漆器って地球そのものだ」と言えるくらいです。


だから、僕としては、漆器を売りたいとか買ってほしいという気持ちはもちろんありますが、資本主義が限界をむかえている今、際限のない「生産と消費」をこれ以上続けていていいのだろうかという疑問がありました。そこで、5年前から「適量・適速生産」を掲げています。年に1回、300セットだけを予約生産する「めぐる」という商品シリーズを企画・運営・販売しています。


受注期間は毎年12月15日から3月15日で、注文いただいた漆器は春から秋まで会津の工房で作られて、11月末に各ご家庭お届けしてします。器を待っていただいているあいだには、毎月のメールや季節のお葉書などで、器づくりの様子をお知らせしています。春分の日から数えると、ちょうど人の妊娠期間とおなじ「とつきとおか」を経て、器が届くというコンセプトです。これは、暗闇のソーシャル・エンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」さんとのコラボでうまれたアイディアでした。



「第3カーブ」という新たなビジネス・パラダイム


鈴木さん: 貝沼さんがプロデュースされた「めぐる」というブランドでは、既存の伝統工芸の構造とは違うお金の流れを作ったんですよね。職人さんたちと、どんなふうに対話をしたんでしょうか。


貝沼さん: 従来の構造を変えたいなと思って始めた活動でした。僕らはまず職人さんたちに聞きに行ったんです。「こういう企画で、こういう器をつくりたいんですが、いくらくらいになりますか」と。するとある職人さんから「貝沼くんは、値段の決め方がふつうの問屋さんと逆だよね」って言われたんです。多くの問屋さんは、上代を決めて、あいだの取り分を決めて、そのうえで職人さんの下代を決めてから依頼するそうです。

僕は、漆器をつくるのにどれくらいの金額がかかるのか知らなかったので、職人さんに聞くしかありませんでした。でも、それがよかったんです。そうすると、職人さんはいっしょに考えてくれます。「貝沼くんの言うとおりだと予算がオーバーするけど、仕様をこうすればこの値段になるけどどうだろう」って。そうやってお互いに対話をしながら納得のもと、ものをつくるようにしています。


平田さん: モノ作りをする場合、「第1カーブ」という従来型の考え方で事業を組み立てがちです。一方、この「めぐる」は、ビジネス・パラダイムでいうと、より新しい「第2カーブ」、「第3カーブ」の感覚が感じられるものだと思います。「インターミディエイター講座」では、これからのビジネスの考え方を学ぶのですが、ここですこしご紹介しますね。


「第1カーブ」は、1950年代から出てきた「造って、売る」という、大量生産・大量消費の考え方です。これが80年代ころになると、情報技術の進歩によって、情報の流れやコミュニケーションが革新的に変わり、新たな動きが登場します。これを「第2カーブ」と呼びます。ここではじめて、顧客の声を「感じ取って、対応する」ことが生まれ、サービスという考え方がでてきました。しかし、これからはそれだけでは不十分で、「開かれた対話と創造の場」という考え方が大事になります。これを「第3カーブ」と呼んでいます。今や、私たちは複雑ネットワークでつながっていて、一人ひとりがソーシャル・メディアで声をあげられるようになりました。複雑・多様な、正解のない未来社会での事業活動は、開かれた対話から、新しい動きを創造することが、不可欠になっています。



「インターミディエイター」の多様なあり方


鈴木さん: 平田さんの沖縄での取り組みについて、インターミディエイターのマインドセットと絡めて、日頃意識していることや印象的なエピソードを聞かせてもらえますか。


平田さん: 東京の会社で働いていたころは「造って、売る」という「第1カーブ・ビジネス」にどっぷり浸かっていましたが、沖縄に移住して現在の仕事に至る過程で、「第3カーブ」や「インターミディエイター」の考え方に出合いました。


行政との事業は予算が単年度で区切られてしまうのですが、予算や年度が一度区切られたとしても、取り組みや思想は細切れにならないようにと意識しています。地域の現場に身を置いて思うのは、地域のさまざまな立場のみなさんと、永続的な関係をつくっていきたいということなんですよね。誰かに無理があったら続かない。だからみんなが気持ちよく働けるようにしたいと、いつも考えていますね。


ひとつ、とても印象的だったエピソードを紹介します。沖縄県に移住して2年目に「村民会議」を運営したことがありました。説明会をさまざまな地区の公民館でやっていると「こんなことをしたって、村は変わらん!」とクレームのようなことを言う人が出てきてしまったんです。そのとき僕は、この人が村のなかで周囲からいわば「厄介者」として扱われているのだと直感して、ならばこそ、この人との「対話」を諦めてはならないと決めました。結局、紆余曲折を経て、彼は最終的に村に対してすばらしい提言をしてくださって、その思いを村長が汲んで、彼が提案した取り組みが進められることとなりました。


●参考ケース



貝沼さん: 平田さんの活動は、インターミディエイターのマインドセットでいうところの「エンゲイジメント能力」(参加・関与する状態をつくる能力)がとても発揮されているように感じます。多様な人たちが関われる「場づくり」をしておられますよね。でも、僕の場合は、なんというか、僕の持っている夢にみなさんが賛同して参加してくれているような感覚があります。平田さんは、どんなところに手応えを感じていらっしゃるのでしょうか。


平田さん: 私が仕事をしていて嬉しいのは、自分がなにかを成し遂げるということよりも、まわりの人たちが自分の活動にすこしでも影響を受けて、そのあと変容していったり、前に進んでいったりするのを見ることなんですよね。



鈴木悠平

鈴木さん: 「インターミディエイター」って、自分で新しく事業をはじめる方もいれば、組織に所属してそのなかの「あいだ」をつないで活動する方もいるし、千差万別のありかたがあるんですよね。貝沼さんのプロジェクトは、「漆器」というモノがひとつの媒介になっていて、そこに対話が生まれているように見えました。モノもインターミディエイターになりえますからね。



試行錯誤の末に、必然的なシステムが生まれた


平田さん: 「めぐる」というブランドの仕組みは、職人さんと対話をしているうちにつくられていったのでしょうか。


貝沼さん: そうですね、壁が現れる度にダイアログ・イン・ザ・ダークさんや職人さんたちに相談して対話する中で作られてきたと思います。たとえば、漆器は材料がすぐに加工できないので、つくるのには時間がかかります。そんな課題をクリアしつつ、妥協しないものづくりをするとかお金の流れを変えるという理想をかなえようとしたら、必然的にいまのかたちになったというだけなんですよね。試行錯誤の末の知恵の結晶といいますか。でも、どこかで「生まれるべくして生まれてきた」「めぐるが育ちたいように育っている」という感覚もあります。


鈴木さん: 「めぐる」というプロダクトは、たとえば調査会社を使って、生活者にアンケートをとってニーズ調査をして…という第2カーブ的なアプローチでは決して生まれなかったものだと思います。貝沼さん自身が、伝統工芸が抱える価格構造などにモヤモヤを感じたまま、そのうえで対話と協働を諦めなかったから生まれたものなのでは、と。


貝沼さん: まさにそこがポイントだと思います。日本に限っていえば、人口が減っているいま、作れば売れるという第1カーブ的なビジネスには限界が来ていると思います。かといって、生き残るために顧客の声を聞くのが大事らしいと聞きかじって、第2カーブの考えを取り入れても、それだけではまた行き詰まると思います。


僕の場合は、いいものをつくって届けるには、資本がないと無理だと思ったんです。でも自分には身ひとつしかない、さあどうする、というところから始まりました。「なにもなかった」からこそ、従来と違う第3の道を見つけられたのかもしれません。

漆器はつくるのに時間がかかります。ですから、生活者のみなさんに理解していただいて、新しい共同購入のようなかたちで待っていただくという仕組みにすれば、新参者の自分でもできるなと思ったんです。


鈴木さん: 「めぐる」は「待つのが楽しい」というところがとても新しいですよね。これまでの生産・消費の考え方でいえば、お客さんを待たせないようにするために、在庫をつねに抱えることになってしまったので。


貝沼さん: ダイアログ・イン・ザ・ダーク代表の志村季世恵さんにヒントをいただいた「とつきとおか」という言葉・コンセプトが大きかったと思います。その言葉があるからこそ、わが子を迎えるように、待ちわびた先に器を手にしてもらうという意味を理解していただけるんですよね。


春には木地挽きをして器の素地をつくり、気温が高い夏には漆を塗ってよく乾かして、秋には仕上げ。その様子を、都市を中心とするお客さんにお伝えすると、待っている時間に会津の自然も楽しんでもらえることになりました。年1回の受注生産のため、季節にあわせたものづくりをしていますが、職人さんは「昔は本来こうだった」っておっしゃいます。理想をあきらめずに試行錯誤したことで、「これしかない」といえるような必然的なシステムに落ち着いたのかなと思います。



ダイアログを終えて


「生きたビジネス」についての対話はとどまることを知らず、参加者からは「とても新しい仕組みだけれど、本来あるべきものに回帰している感じもする」「未来に希望をもてた」などの感想が寄せられました。

質疑応答では、「対話が大事と主張するだけでは対話はできないと思うけれど、どうやったら対話を実践できるのでしょう」という、現場からの切実な質問もあがりました。

これに対して平田さんは、「相手に対して興味・関心をもって、ほんとうにその人が望んでいることを理解することから始める」と好奇心の重要性を伝えると、貝沼さんも共鳴。演出家・平田オリザ氏の「ディベート(議論)は、話す前と後で考えが変わった方が負け。ダイアローグ(対話)は、話す前と後とで考えが変わっていなければ意味がない」というフレーズを引きながら、「自分が感じた違和感を放置せず、自分が変わっていくのを楽しみながら、相手の話を聞くのが大事」という貝沼さんの心構えが語られました。

参加者からの「問い」によって、対話が加速する。「ポリフォニー」がたしかに生まれる瞬間がここにありました。


執筆:梅澤 奈央



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