人類の歴史は、課題解決の歴史でもありました。雨風をしのぎたい、飢えから逃れたい、より遠くへ移動したい、いろいろな人と交流してみたい――。人が生活のなかで抱く課題は、多種多様であり、それを解決する事業(ビジネス)のあり方も多種多様です。
生活者のどんな課題をどういった方法で解決し、どのような社会を実現するのか。その活動の担い手たるチーム・メンバーは、どんな価値観をもってどう行動するのか。営利・非営利、法人形態の違いはあれど、あらゆる事業体がそれぞれの「物語」をもって動いています。
ビジネスにおける「物語」は、ビジョンやミッション、パーパスなどとも呼ばれ、多くの事業体がその重要性を実感しているでしょう。しかし、「掲げる言葉が変わっても、日々の活動は変わらない」「経営陣と従業員が対話できないまま、上意下達でビジョンが決まってしまった」など、「物語」と「実践」の乖離や矛盾に悩まれている方も少なくないのではないでしょうか。働く一人ひとりをエンパワーし、よりよいチーム、よりよいビジネスを創りだすために、私たちはどのような「物語」を紡いでいけばよいのでしょうか。
「あいだ」の知の担い手として、さまざまな領域で実践を続ける「インターミディエイター」たちとともに、これからの協働社会を描くダイアログも、第10回を迎えました。今回は、オフィス・アペゼ代表の伊藤優さん、富士通Japan株式会社徳島支社長を務めた濱上隆道さんを迎えてダイアログをおこないました。文筆家であり株式会社閒の鈴木悠平さんのナビゲーションで、それぞれの自己紹介からスタートしました。
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人も組織も、両方が幸せになるビジネスを目指して
伊藤優さん:
私は、フリーランスとして人事のサポートをしています。具体的には、スタートアップの会社さんのチームづくりをお手伝いすることが多いです。2020年にオフィス・アペゼを立ちあげ独立しましたが、それまでには3つの組織で働いていました。新卒では都市銀行で法人営業を担当し、2社目には不登校や引きこもりの子の支援をするNPO法人でバックオフィスを統括。3社目ではコンサルティング・ファームに転職しました。
事業や規模も仕事内容も一見ばらばらに見えますが、これらの組織で働くなかで共通して感じたことが2つあります。ひとつは、ビジネスに「人」がもたらす影響が大きいということです。自分の仕事の意義を信じて働いている人は、まとう雰囲気が違うんですね。そういう人たちが、そのビジネスを育てていることがわかりました。
もうひとつは、既存の「人事」への違和感です。あるセミナーでこんな発言を聞きました。「人事の仕事は、人というリソースをつかって、売上をあげること」。人事で有名な会社のトップの発言でしたが、私はザラッとした違和感をおぼえたんです。もし人事の仕事をそう定義すると、“パフォーマンス” が低い人にはやめてもらったり、メンタル不調の傾向がある人を採用で“はじいたり” することが正しいことになります。果たしてそれでいいんだろうか、って思ったんです。
そんな実感から、「働く人とチームの両方が幸せになるビジネス」を目指して、フリーランスの人事として働くようになりました。人を不幸にしようとして始めたビジネスなんてないはずですからね。
働く人とチームの両方が幸せになるための方法としては、インターミディエイターという考え方にヒントをたくさんいただきました。のちほどお話します。
地域の課題解決こそが、経済を活性化する
濱上隆道さん:
私は富士通に入社して33年目になります。3年前に東京本社から転勤し、徳島支社長を務めました。そこでは徳島県の方々との対話とコミュニティづくりを通した「地域課題解決型ビジネス」を推進し、今年からはCEO室で「神山まるごと高専」のプロジェクトに携わっています。
私が徳島に赴任したのは、2020年4月、世界中がパンデミックに揺れるときでした。東京での29年間は「売上をいくらあげるか」というスケール・ゲームに勝つことを目指して仕事をしていましたが、徳島で働き始めたとき、「そのままでよいのだろうか」と自らに問いを立てたんです。富士通の徳島支社が徳島の地元企業と”戦って生き残る”ということが、果たして社会的な価値を生むのだろうかと。
そこで、同年11月、徳島支社のステートメントを策定しました。フィロソフィーは「徳島県に関わるすべての人のウェルビーイングを実現し、QOL向上を目指す」というもので、ミッションとして、「お客様とともに、徳島の地域課題の解決をして地域経済の活性化に寄与し、これこそが富士通の本業であるとする」といったものも掲げました。そして、このフィロソフィーとミッションのもと、地域の課題解決を実践するためのプロジェクトを立ち上げていきました。
プロジェクトの内容は、多種多様です。支社のスタッフがそれぞれパッションを持って取り組めることをやってもらいました。医療に興味のあるスタッフは、糖尿病患者を減らすプロジェクトを行ったり、教育に関心のあるスタッフはIT人材の育成や活躍を促すプロジェクトを行ったりするなど、分野はさまざまです。支社長の私が「これをしなさい」など指示したことはありませんでした。
地域課題を解決する活動をしていると、お客様との関係がだんだん変わってきました。「富士通さん変わったね」って言われるようにもなったんです。県の外郭団体と連携協定を結んだり、学校でのキャリア出前授業の実績に対して感謝状を頂戴したり。さらには、知事と意見交換をして、徳島県へ政策提言をさせていただくこともありました。徳島県は、民間企業から政策提言を受けるのは初めてだったということです。
「第3カーブ」の物語を共有するには
鈴木悠平さん:
今日は「物語」がテーマですが、これは浦島太郎とか桃太郎などのお話だけではなくて、「人間が世界を認識する枠組み」だと捉えていただければと思います。インターミディエイター講座では「物語」について深く掘りさげて学びます。
濱上さんは、インターミディエイターの考えに出合って、世界の見方が大きく変わったとうかがっていますが、どのような変化があったのでしょうか。
濱上さん:
以前の私は、「営業利益を上げることがビジネスの最優先事項」だという世界観しか持てていませんでした。東京本社にいた29年間は、いかにスケール・ゲームに勝つかを考えていたんですね。でもインターミディエイターの考えに出合って、それまでの「第1カーブ」的な「造って・売る」というパラダイムから、「開かれた対話と創造の場」を大事にする「第3カーブ」へパラダイム・シフトができました。
それまでは、お客さんとの関係も「ビジネスのための関係づくり」を意識していましたが、いまはその逆。「新しい関係づくりから始まるビジネス」だと思っています。
鈴木さん:
濱上さんご自身も、もともとは、「第1カーブ」の考え方を主軸にしておられたんですよね。その会社のなかで、第3カーブ的な物語を語るということはさまざまな反応を呼んだのではないでしょうか。
濱上さん:
そうですね。地域課題解決を目指すこのプロジェクト活動が、営業利益に直結するのかどうかとよく聞かれました。「クラブ活動をしているんじゃないんだから」とほかの部門の人から批判めいたことを言われたこともあります。
鈴木さん:
濱上さんとしては、地域課題解決にむけて日々のビジネスをおこなっていくことが、富士通の本業なんだと考えていたはず。富士通とは何をする会社なのかという物語に、ズレがあったんですね。
「深層」の物語を「表層」に浮上させるには
濱上さん:
「インターミディエイター講座」では、物語を「表層・中層・深層」の3層でとらえますよね。表層の物語はお客様との日々のやりとりなどに反映されるもの、中層はむこう数年でなにを目指すのかというすこし中長期的な物語、そして深層は、そのおおもととなる認識枠組みや価値観です。
私たちは、深層で「人々のウェルビーイング」を考えていたわけですが、反対意見をもっている人はきっと深層の物語に「競争」をおいているんですよね。インターミディエイターの学びがあったので、何かを理解されにくいときには、互いがもっている深層の物語が異なっているからだと理解することができました。
伊藤さん:
物語の違いというお話が出ましたが、私は、人と組織がどちらも幸せになるビジネスをおこなうためには、「物語」を共有することが重要ではないかと考えています。
ビジネスにおける「物語」のひとつは、ミッションやビジョンと呼ばれるものですよね。これが、「壁に貼ってあるけど誰も見ていない」というただのスローガンになってしまったら意味がないのですが、この言葉が、自分が信じられる「生きた言葉」として共有されていることが重要だと思うようになりました。
鈴木さん:
さきほどの自己紹介でも、自分の仕事の意義を感じている人が未来をつくっていると話してくださいましたね。それぞれのメンバーは、組織の物語をどのようにして腹落ちさせていくのでしょうか。
伊藤さん:
意識しているのは、メンバーのみなさんがいつも「物語」に触れるようにしていくということです。ビジネスにおいては、創業者は明確な想いをもっていても、メンバー全員が物語を共有できているとは限りません。だから、メンバーそれぞれが、物語を日々の行動に反映させるための仕組みをつくることが必要なんですよね。
よくあるのは、「ミッションやビジョンをつくりましょう」と動き出して、あるアウトプットができた時点で満足してしまうということ。それだけだと、どうやってそのミッションやビジョンと日々の行動を結びつけるのかイメージができていないので、使われないままで終わってしまいます。ですから、組織の物語をみんなでつくり、物語の担い手となる人たちが明日からこの言葉にもとづいて働くことがありありとイメージできるようになるまで、対話を続けることが大事だと思っています。
とはいえ、ビジネスの現場は忙しくて、既存のチーム・メンバーだけではそこまで手がまわらないことも少なくありません。そういうときにこそ、私のようなチームの外の第三者が関わって、物語を編み直して、そこへ立ち返るお手伝いをすることが大事かなと考えています。
組織を存続させるための売上と物語
鈴木さん:
濱上さんのケースにもありましたが、ビジネスの現場においては、何をするにおいても「まず売上を立ててから」と言われてしまうことがありますよね。地域の課題を解決することも、働く人のやりがいを大事にすることも、売上が立っていない状態では「たしかにそうだけれど……」という消極的な反応もあると思います。物語が組織に浸透していくには時間もエネルギーも必要ですよね。
伊藤さん:
組織として存続していくためには、売上や利益はもちろん大切です。でも、その組織って、創業者がぜったいにやりたいと思って生みだしたものですよね。ぜったいに続けたい活動なのだから、最初の時期は顧客との関係をつくることに注力して、そのあと組織の働き方を考えるという順番でも構わないと思います。
私が大事にしたいのは、どの時期にどこにウエイトをかけるかということをチームで納得できるようにしていくというところです。どちらにウエイトをかけるのかということ、それ自体が物語ですよね。仲間たちが「これでいこう」って納得できる物語をつくるまで、私は伴走したいんです。
鈴木さん:
なるほど、自分たちはいまどこに向かっていて、このタイミングで何に取り組むのかというプロセス自体を共有していくことが大事なんですね。
たしかに現場では、「いま、こう思っているんだけどどう?」と語らう機会を失ってしまったために、創業者やチーム・メンバーの思いが噛み合わなくなってしまうことはよくあるなと感じます。濱上さんがおっしゃったように、チーム・メンバーの意見を尊重し、物語づくりのプロセスを共有することも必要ですね。
物語ることで、語り手がエンパワーされる
伊藤さん:
こんな事例がありました。ある企業さんの採用活動をお手伝いしたときのことです。創業者の方は、新しい事業を始めたかったのですが、どうにも採用がうまくいかない。そこで私のところへご依頼がきました。
そうして始めたのが、創業者の「物語り」です。なぜ自分がビジネスを始めたのか、その原点の物語をいたるところで語っていただくことにしました。
採用活動は「人を取りあう競争」と言われることもありますが、「物語をたくさんの人に知っていただく機会」でもあります。その会社さんには、採用活動の現場でご自身の想いを語っていただきました。すると、「すぐには就職できないけれど、その会社とつながりをもちたい」と考える人たちと多数出会うことができ、結果的に物語に共感する人たちがチームをつくることになりました。
このとき気づいたのは「物語るということは語り手自身をエンパワーする」ということでした。だれかに物語を話すと、相手からの反応があり、対話が生まれます。すると、その「想い」自体がアップデートされるのです。
鈴木さん:
語ることでエンパワーされるというお話はとても興味深いですね。伊藤さんのお話をうかがって、物語とは固定的なものではなくて、日々語っていくなかで変化していくものだとあらためて認識できました。
二項対立を超えてゆく物語を
濱上さん:
私も社内での対話や、お客様との対話から気づいたことがありました。「地域の課題解決を目指す」という新しい物語を提示したとき、社内のスタッフからさまざまな反応がありました。いちばん予想外だったのは、「私はこの活動はしません。私には未来は必要ないからです」というあるスタッフからの反応でした。
伊藤さん:
組織で動くとき、その動きにのりたくない人はかならず出てきますよね。とはいえ、組織全体での方向性を定める必要もある。そのような意見が出たときは、どんなふうに徳島支社を運営していったのですか。
濱上さん:
正直とても悩みました。けれども、意見を伝えてくれるメンバーはやっぱりありがたい存在だったんですよね。プロジェクトについて、自分ごととしてとらえてくれているわけですから。
このような反対意見が出てきたとき意識したのは、二項対立をうまないということです。ひとつの支社のなかで、「この活動に賛同する人・しない人」という対立構造をつくってしまうのは違いますよね。ですから、私はなんでその方がそういうことをおっしゃったのか、それを理解しようと努めましたし、その方が孤立しないようにも心がけました。対話を重ねることで、地域課題解決のプロジェクトにもアドバイスをいただけるまでになりました。
伊藤さん:
新しい取り組みを始めるとき、賛同できない人がいるのはおうおうにしてあることですよね。どういうふうにチームとして進んでいくのか悩む局面ですが、「二項対立にしない」という方法はヒントになりそうです。
鈴木さん:
大事なポイントですね。「インターミディエイター講座」では【3分法思考・多元的思考】を学びますが、意見の違いを許容するということは、全員に「いい顔」をして新しい物語を弱めることではないんですよね。
対立が生まれそうになったときには、その瞬間に相手を説得しようとするのではなく「時を待つ」というのも大切なのかなと感じました。人も組織も、ふとした瞬間に変わることがありますから、未来の物語を語り続けることが必要かもしれません。
ダイアログを終えて
理想と現実。この言葉はしばしば対義語として扱われます。しかし、ビジネスとは理想を語り、それを実践する試みであるはずです。
3名のインターミディエイターたちは、「課題解決か、売上向上か」「利益か物語か」「個人か組織か」などといった二項対立を、これからのビジネスの考え方をベースにした「対話」によって超えていくアプローチを語りました。
地域内で、会社内で、チーム内で、これからの大きな方向性を共有し、そのうえで対話を重ねることによって、だんだんと「物語」をともにつくりあげていく。一人ひとりが、みずから「物語る」ことによって、その物語が生きた言葉に変わり、日々の実践につながっていきます。物語る行為こそが、未来をつくるものである。そうたしかなメッセージが感じられるポリフォニーな時間となりました。
執筆:梅澤奈央
編集:鈴木悠平、松原朋子
企画:上杉公志、鈴木悠平、松原朋子
スピーカー・プロフィール
★伊藤 優さん
オフィス・アペゼ代表 都市銀行、福祉領域企業(人事・財務)、外資コンサルティング企業での勤務を経て独立。現在は、複数のスタートアップ企業の人事の伴走支援、海外ルーツの方向けの就労支援などに従事。原点にあるのは、大学4年次に滞在した西アフリカのトーゴで「精神的な豊かさ」の大切さを感じたこと。そして、自分自身がメンタルヘルス不調に悩んだ時期に、社会の中で安心して頼れる場所の必要性を実感したこと。「働くこと」のサポートを通じ、1人1人が心身ともに健康で、安心して生きられる社会を創ることを目指している。https://www.intermediator.jp/yu-ito
★濱上 隆道さん
富士通株式会社CEO室 CDXO Division シニアマネージャー 29年間の東京本社での勤務を経て、2020年4月より徳島に着任。これまでの製造業担務から地域での公共サービスを中心にマーケティング、ビジネスプロデューサーとして活動。これまで経験のしたことのない領域へのチャレンジをはじめ、「地域課題解決型ビジネス」のプロジェクトを立ち上げ活動を開始。徳島県の方々とのコミュニティづくりを重ね、開かれた対話を通じた地域イノベーション創出に寄与。2023年4月からCEO室にて、徳島県神山町に新設された神山まるごと高専の協働推進担当に就任。 https://www.intermediator.jp/takamichi-hamagami
★鈴木悠平さん
文筆家 株式会社閒 代表取締役 東日本大震災後の地域コミュニティの回復と仕事づくり、学ぶことや働くことに障害のある人や家族を支援する企業での現場支援や研究開発、メディア運営等を経験したのち独立、2020年に株式会社閒を設立。医療的ケアニーズや重度障害のある人たち、罪を犯して刑務所に入った人や出所した人たち、精神疾患や依存症のある人たちなどのリカバリーや自立生活に向けた支援に携わりながら、「生活を創造する」知と実践の創出・展開に取り組む。 https://www.intermediator.jp/yuhei-suzuki
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